ペアレントトレーニングのポイント

子どもという存在を理解する上で、

子どもは大人の注目を浴びたい。

注目がエネルギーになる、そういう人々であると

念頭に置いて読み進めてみてください。

自分の幼少期を振り返っても、そうだったなと感じます。

 

子どもたちは、まだ社会における善悪の基準を

身につけていないので、

一般的にしていいことなのかどうかの判断はつきません。

 

なので、子どもにとって

褒める=うれしい!エネルギーチャージ。

怒られる=ほんとは褒められたいけど、

 怒られることをしても注目されるから、

 注目してほしくて手っ取り早くやっちゃう。

無視=注目を得られない、エネルギーチャージにならない。

 いつかやめる。

というように、大人のリアクションは、

次に起こす行動の基準になるようです。

 

無視することで、大人の注意を引ける行動ではないと

思わせるのですね。

 

 

それから、褒める基準についてですが、

ほんの些細なことでもよく、

「自分でお顔洗えたね!がんばった!」

「ゴミをゴミ箱に入れてくれてありがとう。」

など、明日もやってほしいな、と思うことなら

褒める対象になります。

 

それに、完全にできるようになってからでなくても

いいそう。

挑戦しようとした、その姿勢に着目することで、

子どもを褒めるチャンスが無限にあります。

 

 

「褒める」というのは、「肯定的な注目」と言い換えられます。

「すごいね」「えらかったね」などの言葉かけの他に、

頭を撫でる、抱きしめるなどのスキンシップや

微笑みかける、頷く、手でオーケーサインを出すなどの

少し離れたところにいてもできるジェスチャー

「肯定的な注目」として挙げられます。

 

また、「次は◯◯してみたら?」などの

次のステップへの誘いかけも、「肯定的な注目」だそう。

「肯定的な注目」って、考えてみると無限にありますね。

 

アレントレーニングは、乳幼児から高校生、大学生まで

大人の人付き合いに対しても使えるなと、

個人的には感じました。

相手の年齢や育ってきた背景、シチュエーションによって

「肯定的な注目」を工夫するのが働きかける側の

腕の見せ所ですね。

 

 

私が学んだことを、自分なりの言葉でまとめたものです。

触りの部分だけです。

 

子どもの行動をまずは客観的に見つめ、

「好ましい行動」「好ましくない行動」

「危険な行動、許しがたい行動」に分け、書き出す。

という工程を省いて書いています。

(同時に自分のリアクションも「肯定的な注目」が

 できてるかも客観的にみられるようになるはず。)

 

ご自身で取り組んでみる際には、詳しく説明がある

こちらのページを参考になさってください。

12の記事に、わかりやすくまとめてくれています。

https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/hattatsu/6864/

 

 

また、ペアレントレーニングは、子どもの問題行動を

改善させる為の1つの方法として

(必ずしもこれが唯一の方法ではないという認識で)

活用してみてください。

褒める&無視!ペアレントトレーニングのご紹介

私、今託児のバイトをしてます。

6ヶ月〜3歳のお子さんのお世話をしています。

(もしくは私の方が遊んでもらっているのかも笑)

 

その職場でペアレントレーニングなる研修を

受けさせてもらいました。

 

結論から言うと、

・子どもが親が嫌がることをしなくなる。

・子どもの情緒が安定する。(親も!)

・子どもが理想的な行動をとるようになる。

・おまけに夫婦仲が良くなる。

という変化が起きると言われていて、

実際我が家でもそんな変化が見られました。

穏やかな日常が訪れました(´;ω;`)

 

 

少し興味が湧きましたか?

ではペアレントレーニングがどんなものか

ご説明しますね。

 

まず、大人がやることは3つ。

①子どもが大人にとって好ましい行為をしたら褒める。

②子どもが大人にとって好ましくない行為をしたら

 無視する。

③ただし危険な行為をしたら止める。

 

その時、やってほしいことと、

やってほしくないこと両方含まれた行為では

やってほしいことのみリアクションする。

 

例えば、

「壁にクレヨンで絵を描いている」という場合。

(私なら、まず発狂するシチュエーション笑)

「クレヨンで絵を描くことは褒めてあげたい。」

「しかし、壁にクレヨンで何かを描くのは、

 今すぐやめてくれ。自らの行いを懺悔してくれ。」

このように、2つの事象に分けられる。

 

◯クレヨンで絵を描く。

×壁にクレヨンで描く。

 

この場合、①クレヨンで絵を描いている事を褒める。

②紙に描いてみようと誘導する。

というわけです。

(講師の先生は「ここに特別にいい紙があるから、

 こっちに描いてみて!」という

 子ども心を熟知した、素晴らしい言い回しを

 されてました。神対応とはこのこと!)

 

 

大人がする3つのことのうち、3つめ、

「危険な行為をしたら止める」というのは納得できる。

棒を振り回して遊んでいたら、大抵の親御さん方は

「棒が当たると痛いよ!」等と言って止めるだろう。

子ども側が、止められた理由が理解できるようなら

納得するように説明してあげ、

止められた理由が理解できないようなら

危ないということを伝え、他の方法を提案するなど、

誘導する。

 

 

では、どうして

「子どもが大人にとって好ましくない行為をしたら

 無視する」のがいいのか。

それから、褒める基準について。

こちらは、次の記事でご紹介します。

 

つづく。

 

 

筋肉クリーニングのワーク後の変化

さて、筋肉に残る傷と繰り返し感じる情動(感情)のお話

私の場合、こんな体験をしました。

 

ワークに取り組み気づいたことは

私は、嫌だなという感情から逃れる為に、

「食欲」が発動していました!

 

具体的に説明すると、

私、お洗濯とお皿洗いと床掃除が苦手なんです。

で、その家事が嫌すぎて、

幸せを感じる、「食べること」に逃避しちゃう。

 

例えばお洗濯。

洗濯機が「終わりました〜♫」と音楽で知らせてくれても

なかなか干し始められない。だって嫌だから笑

仕方ない、取り組むか!って時に、まずお菓子を食べる。

一瞬幸せになる。

 

よし、幸せを感じている隙に嫌な家事に挑むぞ!

洗濯物を全部取り出して、ハンガーに掛け始めると、

1枚掛けて、キッチンへ戻りお菓子を一口食べる。

また少し掛けては、キッチンへ戻りお菓子を一口食べる。

 

ひどい時は、ずーっと何やらもぐもぐしながら

洗濯物をハンガーに掛けてる(!)

という食いしん坊な現象が笑

きゃー話すのもお恥ずかしい。

見られたら、もう逃げ出したいくらい恥ずかしい笑

 

思い返せば、

以前、病院でアロママッサージのお仕事してた時は

帰宅後、何かから逃避するように

お菓子1袋とか、無心で食べてたことも!

 

この癖、直したいなーと思ってたんです。

でも、今まで色んな切り口でワークに取り組んでも

なかなか直らなくて

「私って、食べることと家事をメリハリ付けられない

根っからのぐぅたら女なんだろうなぁ〜。」と

この癖と一生付き合っていくのかなと思ってたんですが、

この筋肉クリーニングのワークで、

過去に抑圧した「嫌」という気持ちと向き合ったら

自然と筋肉の傷が癒え、

過剰な「食欲」が治る傾向が見られました!

(傷は「傷ついている」と認識すると

 身体が修復を開始します。)

 

「お腹が空いてる訳じゃないけど、

 何か食べたいな…。」と感じたら、その都度

この筋肉クリーニングのワークに取り組んでいます。

そうすると食欲が収まり

そして、不思議なんですが、

その時、取り組むのを先延ばしにしている

嫌〜なことに臨む気力が湧いてくるのですっ(o^^o)

 

からだコンサルっておもしろいでしょ?

 

これを機に理想の体重まで痩せるんじゃないかと

ほくそ笑んでいる私ですヽ(*´∀`)

 

 

嫌な感情を繰り返し感じちゃうワケ

感情はどこにあると思いますか?

脳でしょうか?

それとも、何となく胸のあたりのように感じます?

 

からだコンサルでは、

全ての筋肉の中にあると考えています。

簡単に言うと、こんな感じ。

 

湧き起こった感情を、何らかの心理的な理由で

感じることを拒否する(抑圧する)と、

筋肉に傷が付きます。

そうすると、その筋肉が収縮する度に

その抑圧された感情が繰り返し湧き上がるという仕組み。

 

なので、感情は筋肉の中にある。という訳です。

 

例えばこんな風。

「悲しさ」を感じたくない。

拒絶反応で筋肉が緊張する。

無理な力が加わったので筋肉に傷が付く。

その時、「悲しさ」を感じる代わりに

無意識に「怒り」を発動させたとする。

そうすると、次に同じようなシチュエーションの時に

反射的に「怒り」が発動される。

 

怒りたくないのに、なぜか怒ってしまうことって

ありませんか?

「あれ?怒らなくてもよかったのに怒ってしまった…。」と

ご自分を責めてしまう方もみえるかも。

私、これよくあります。

もしかしたら、上記の理由で

反射的にそうなっちゃうだけなのかも。

 

 

それ、嫌ですよね。

「本心ではそんな風にしたくないのに…。」って。

大丈夫です。からだコンサルでは

その筋肉に刻まれた

抑圧された感情をクリーニングするワークがあります。

私も最近お師匠さんのご指導の下、このワークに

取り組みました。(2回目です。)

次の記事では、ワーク後の変化をご紹介しますね

 

つづく。

 

 

着物っていいよね!

私は着物が好きなのですが、

着物のどんなところが好きかというのは、

年齢によって変わってきました。

 

幼い頃は、ただ非日常という感じが好きでした。

七五三や夏には浴衣、お正月にアンサンブル

(っておばあちゃんが呼んでる着物)を着るくらい。

 

当時、実家は着物を扱う家業を営んでおり

着付けの工程や、着物を着た綺麗なお姉さんたち

見かける機会が多くありました。

着物という存在が、割と身近にあった気がします。

それでも、自分自身が着る機会はほとんどありませんでした。

 

成人式を迎える頃には、

「運動部で真っ黒に焼けてる私に似合う振袖があれば

 着たいな…♡」と

どうせこの黒さとまん丸の顔では似合わないだろうけど。

思春期の延長で(笑)表情には出さないけど、

内心やっぱり憧れる〜と思ってました。

 

そして、社会人になり着付けを習い始めてからは、

ガラッと意識が変わります。

それは「職人技を見て萌える」という

新しい楽しみ方を通して。

知識が豊富な先生や、着物屋さん帯屋さん、問屋さん、

時には生産者さんに直接教えてもらいながら、

着物や帯の種類(第一礼装、第二礼装、洒落着など)や

産地ごとの様々な特色を学ぶ機会を得ました。

 

知識は追いつかなくても実際に生地を見て触れると、

緻密な織り模様や、配色、染めの濃淡、

加工や産地による絹糸の手触りの違い…

その道を極めた方々のこだわりを垣間見て

反物に囲まれるだけで鼻血が出そうに興奮してしまう笑

美しい…もう美術品じゃん。アートじゃん。

外国人の表現か!と思うけど笑

語彙力が乏しくてもどかしい!

とにかく、美しい着物を目の前にすると神経が高揚します!

 

また、少しずつ手持ちの着物が増えてくると

それを組み合わせて纏う楽しみも知りました。

 

現在では、着物に関わる職人さんは高齢化しており、

原料である良質な絹の価格も、

年々高騰してきているそうです。

購入する事が職人さんを応援する事にもなります。

お金がかかる趣味ですが、いい品物に出会えたなら、

子の代へ譲ることもできるところがいいですよね。

(特に帯はそのまま他の人が使えます。

 親子でも体型が違うので、着物は一旦反物に戻して

 仕立て直しが必要です。

 ですが、着物と持ち主の心を受け継ぐという発想が

 日本人ならではで、素敵だな〜と思います♡)

 

着物と言えば京友禅加賀友禅などの華やかな

染め物が有名ですが他にも素晴らしい技術があります。

なぜそれをしようと思った!?と突っ込みたくなる

奇想天外な技法や

代々受け継がれる超人的な集中力と職人技を駆使した

見とれてしまう緻密技法など

自己満でしかないけど、この場で紹介したい!!

(いや、私のような着物をかじった程度の者からでなく、

 プロのアツイ説明を転載したい!)

 

日本にこの美しい文化があって幸せ〜!

私の夫を紹介します。(韓流ドラマのタイトルっぽい。)

このブログの過去記事で話題にした事があったのですが、

私は最近まで、自覚なく、男性恐怖症でした。

 

そんな私でも結婚できた(してもらえた)パートナーは、

小柄で細身(当時は)。

適度に社交的。

そして中性的。時にはむしろ女性的。

我慢強く、音楽が好きな、同年齢の男性です。

そんな彼の紹介をしようと思います。

すごく長いので、お時間とご興味のある方、

よかったら読んでみて下さい。

 

共通のコミュニティに所属していたので

可能性として、私の性格の悪さを原因に破局し、

仲間と気まずくなり得る事を恐れ、

お付き合いしている事は、結婚が決まるまで

周囲には黙っていました。

こういうとこ慎重派な私です。

 

f:id:ayumi-zzz:20191028033154j:image

 

まず、私はどちらかと言うと、背の高い人よりは、

彼のような小柄で細身の男性が好き。

 

 

彼が音楽好きというのも、私の好み。

というのも、私は音楽そんなに詳しくないから。

自分の知らない楽しい世界を見せてくれそうでしょ?

音楽好きって、オシャレな感じするし笑

 

実際のところ、彼は音楽に関してかなり雑食で、

ピアノを習っていたので、従兄弟の結婚式で

結婚行進曲を弾いた事があったり

(絶対、ピアノの発表会より緊張するよね!)

ピアニストの矢野顕子さんが好きだったりします。

80年代、90年代のJポップとかも好きで、

私はあまり好きではないんだけど、

車の中で流すので、

DJ夫が、その頃の曲をセレクトした時は、

その間、心を無ににしています。

 

 

そして、彼の最大の魅力は「我慢強い」という事。

私のような、へんくつ自己中と一緒にいてくれるのは、

「強靭な精神力に裏打ちされた我慢強さを持つ男性」

もしくは「世紀のドM男」であろうと、

昔から思っていました。

 

お付き合いを始める直前の事ですが、

「私、□□くんを、めっちゃくちゃに傷つける事が

 あるかも知れないよ?」

と言ったことがありました。

そのくらい、私は、

自分は意図せず鋭利な言葉を口にしてしまう

最上級の空気読めない破壊的な女であると

認識していました。

ましてやこんなに優しい人に対しては

言葉に勢いがついてしまうだろうと確信していました。

だから、そんな私でも大丈夫か聞きたかったのです。

 

(今はそんな風に思う事ないですよ。

 あの頃は、自分の事守ろうとして、

 そんな風にナイフみたいになっちゃう時も

 あったんだろうな。と、過去の自分を擁護する

 スタンスでおります(^^))

 

彼は私のひた隠しにされた攻撃的な本性を

知ってか知らずか、

そんなの大丈夫だと、言いました。

ですが私は、「いつかこのガラスの青年に対して、

 心がバリンバリンに粉砕されるくらいの打撃を

 与えてしまうのではなかろうか…。」と

初めは何をするのも恐る恐るでした。

 

だがしかし!

彼は見た目以上のド級のM属性!!

……ではなくて!

見た目の繊細さに反して

不屈の忍耐強さを備え持った人物だったのです。

 

私の数々の仕打ち

(5分前行動が信条の彼との待ち合わせに、

 毎回10分以上の遅刻

 (一応毎回反省はする。 が悪意なく繰り返す…汗)

とか。

 私の機嫌が悪いと、彼が気にしてるだろうなーという事を

 無邪気なフリしてチクリと言ったり

(自分の性格の悪さに、もう笑うしかない笑)とか。)

にも、彼はお付き合いして1年間、見事耐え抜いたのです。

 

これには本当に尊敬の気持ちを抱きました!

私が彼の立場なら絶対無理だもん!!

(自分がされてイヤな事はしちゃダメですよね〜(o^^o))

 

 

身体的特徴、趣味、性格。

この3大要素を満たした彼なら、

(そして当時メガネ男子が好きだったので、

 メガネ似合うところも好感度高かったです(*´꒳`*))

こんな私とでも暮らしていけるかも知れないぞっ!

プロポーズ、ばっちこーーい!!と

思うようになりました(笑)

(私は、恋愛より結婚生活重視派のようです。)

 

 

そんなつもりは全くないのですが、

ノロケのようになってしまったかもしれません。

すみません。

 

結局のところ、彼の様にいわゆる「男らしさ」を

持たない男性と、一緒に歩んで来られた事が

男性恐怖症を克服できた事の一因と思っています。

(もちろん、からだコンサルのおかげも大きいです。)

 

 

それは、私が長らく握りしめていた心の傷は

「男とはこうあるべき」や「女とはこうあるべき」という

考え方を、何代にもわたって、

刷り込まれた結果だったと思うからです。

 

押し付けられる、強制されるというのは、

愛とはかけ離れたものですものね。

 

「男らしさ」の幻想を

親から、あるいは世間から押し付けられた男性は、

女性を守りたいと思う反面、

無意識に女性への攻撃をしてしまいます。

女性を貶めないと、女性に負けてしまうと、

自分たちが「男らしい」ことを示せないから。

また、「一般的な女性らしさ」を放棄した女性へは

辛く当たる傾向もあります。

私たちミドル30の世代は、雑誌だとCanCam

AneCanに代表されるように、

「女性らしい女性」でいる事を選ぶのが一般的だった

世代ではないでしょうか。

 

一概には言えませんが、「男を狩る」意識の強い女性ほど

表向きの「女性らしさ」を演じていたのではないかな〜と

思います。

ファッションで「いい女がここにいますよー!」と

男性にわかりやすく示して、

恋愛モードになるお膳立てしてあげるのです。

そういう駆け引きも楽しいだろうな、とは思いますので、

批判する気は全くありませんよ(o^^o)

むしろ羨ましいことさえあります笑

 

当時の私は、その右向け右で

みんなが一斉に「女らしさ」に向かう波に乗るのに、

生理的に迎合できなかったので、

中性的〜若干女性的な格好でいる事が多かったです。

そうすると、自ずと「女らしさ」を着た友だちと、

それを頑なに拒む中性的な私では、

男性陣からの扱いが違ってくるわけです。

(その他にも私の可愛くない性格も、関係あったかも笑)

なので、「女性らしくない私は選ばれない、

 風当たりが強い」と思い込んでいました。

 

日本の社会におけるジェンダーの問題が

未だに解消されていないのは、

現代に至るまで、男性が世間から背負わされた

責任やプレッシャーが重すぎたせいではないかと

思う事があります。

男性自身が、いわゆる「男らしさ」の幻想から

離れられないのではなかったかな…と。

あと、日本古来の風潮というよりは、

時の政治の影響かな、と思います。

 

その点、夫は末っ子三男で、今のところ

家督を継ぐ、親の介護最前線(主に、その妻が)などの

男性が求められがちな、重大ミッションもなく、

社会人になってから、自主退職により無職を経験し、

肩身が狭く辛いながらも

自分と向き合う無限の時間を得た

振り返れば貴重な期間も経験しています。

その事から見ても「世間が求める男らしさ」から

早々に離脱しているのかも。

だから、私も「世間が求める女らしさ」信仰から

抜け出せたのかな〜。

「男らしさ、女らしさを演じる」から

「男性と女性の性質の違いの中で生きる」という認識に

変わったという感覚です。

 

そんな彼もプレッシャーが無いわけではありません。

たぶん。

 

特にお仕事では、中間管理職として、

部下と上司の間に立ち、

商社企業の営業として、メーカーと現場の間に立ち、

家庭では、実家の母や義姉と妻の間に立ち笑

(というのは冗談で、お義母さんやお義姉さんは

 とても良くしてくれます。ありがたや。)

…と、様々な人と人の間に立ちまくって頑張っています。

 

今月もお給料をもらってきてくれてありがとう!

バイトと、のらりくらりと畑仕事しかしてない私には

感謝しかない(いや、時に不満もあるけども)

頑張り屋さんの夫です。

 

最近娘に「パパとママ、背が同じくらい〜!」と

頻繁に言われます。

娘は背が低いの気になっているようだから

そろそろ猫背を直したらどうかと

思いはしますが。

あと、彼の後お風呂に入ると

湯船にたくさん髪の毛が浮いているので

頭洗った後、しっかりかけ湯して湯船につかってほしいと

思いはしますが。

(これは直接本人にも言いますが。)

それでも、私には存在自体がありがたい夫です。

 

 

以上、私の、愛すべき個性的な夫の紹介でした。

楽しんで読んでもらえたらうれしいです。

(注:一連の内容は決してわるぐちではありません!笑)

 

こころざしの違いは個性?④子どもたちにしてあげられる事

ナムハウスのオーナーの奥さん、Mちゃん、

同世代ながらすごく器の大きな方で

ニコニコしながら、

はじめまして〜!と握手してくれました。

もう、ずーっとニコニコしてるの。

福の神かなって思うくらいに(//∇//)

 

「Mちゃん、懐が深いね!」と言うと

「そーぉ?普通だよ〜!」と笑っていました。

 

ナムハウスに併設されたMちゃんセレクトショップ

お友だちが作ったというお洋服や

キャンドル、アクセサリーなど品揃えで、

アジアン雑貨のお店にも似た、独特の雰囲気でした。

 

アロマキャンドルを見ていると

「夜と営みの時に灯すと雰囲気がいつもと変わって

 いいと思うよ〜。」と教えてくれたり、

「お洋服はね、手作りだとやっぱりエネルギーが高いから

 お友だちの手作りの物を取り扱ってるの。」と

話してくれたり。

こんなに堂々と「夜の営み」とか

「エネルギーが高い」とか言えるんだ!

なんてオープンな、飾らない人なんだ!

人目なんて気にしない、というか、

人と自分の区別がないような。

超自分にフォーカスしててブレない!

 

帰り際に一言挨拶すると、

わざわざお料理の手を止めて、

火も止めて挨拶してくれました!

この空間は、オーナーEくんと奥さんのMちゃんの

優しい気持ちで満たされて、

素朴で暖かくて居心地いい雰囲気なんだなぁ〜♡

 

 

この日、子どもが全部で9人ほどいたのですが、

みんな思い思いに遊んでいました。

ナムハウスには柱にかけた大きなハンモックがあって

けっこう激しい遊び方をしてる場面もあったのですが、

EくんとMちゃんはじめ、集まった大人たちはみんな、

子どもたちのやりたいようにやらせているのです。

人ダメクッションに寝転がってオヤツを食べてたり

(自宅なら「こぼすからちゃんと座って食べて〜!」とか

 「食べ過ぎじゃない〜?」とか確実に言ってしまうorz)

ナムハウスに置いてある三輪車を借りて、

お散歩に行ったり(大人とね。)、

Eくんが子どもたちを率いて近くの神社に

遊びに行ってくれたり。

子どもへの「制限」について、また考えさせられました。

 

帰宅して「今日楽しかった!」という娘。

今日の体験が娘にとって、

居心地のいい環境だった事は確かなようです。

こういう空間を用意してあげるコト、

大人と子どものあり方、

「柔軟」と「ブレやすい」の違いなど、

考えさせられた1日でした。